ターミナルケア

 梅雨入り前のどんよりとした6月19日、父が世話になっている施設から電話があった。「驚かないで聞いてください。お父様の体調を総合的に判断して『ターミナルケア』に入ろうと思います。担当医師から詳しく説明したいので、お時間をいただきたいのですが。」と切り出された。「ターミナルケア」とは、人生の終末が近い段階に入ったことを判断した上で、積極的延命治療ではなく、苦痛の緩和や生活の質(QOL)が重視を重視して行う介護なのだと補足され、医師から説明を受ける日程の約束をした。
 この電話の約半月前の6月初旬に、父は発熱をきっかけに体調を崩していた。心機能の悪化を示す喘鳴と、腎機能の悪化を示すむくみが見られ、血液検査の結果も悪かった。この報告を受けた際に、人工透析などの積極的な治療を行わないという判断をしていたので、この事態はある程度予測していたものではあった。
 とはいえ、いざ余命宣告をされると心は穏やかでいられない。さてこれから何をしたらいいだろうかとプチパニックに陥りながら担当医師の説明に臨んだ。しかし医師の説明はさすがであった。まずは父の病状を、要点をつかんで分かりやすく説明してくれた。診断名は「慢性心不全・慢性腎不全の急性増悪」。要はゆるく衰えていた心臓と腎臓が、発熱をきっかけに急激に悪化し、命の火が消えかける段階にきているということだった。

 人工透析は行わないという意思決定を再度確認した上で、「ご家族など近しい人たちにこのことを知らせてください。会いたい人には会わせてあげてください。」と言われた。医師の言葉としては想定外だったこの言葉は、死が近いという事実をはっきりと私に自覚させた。そして私はおそらく明確な答えは返ってこないと予想しつつ、父に残された時間を問うた。すると「あくまで目安ですが」と前置きしつつ「あと45日というところで我々は『ターミナルケア』に入る決断をしています」という答えが返ってきたのだ。「でもね」と医師が続けた。「苦しくないですかと声をかけると『絶好調だよ』と明るくにこやかにお返事してくださるので45日なんて嘘じゃないかしらと感じてしまうのですよ。血液検査の結果はすごーく悪いのに」と。父が苦痛を感じていないという事実と医師の人間味ある言葉に救われた。
 具体的な日数を告げるこの回答を得たおかげで、もやもやしていた私の頭の中の霧が晴れ、後悔のないようにやれることをやろうと覚悟が決まった。まずは家族にこのことを告げ、皆で面会に行く機会を設けた。事が起こってから仕事を休めるように、職場でも仕事を前倒して進め、周囲にも共有した。父が生前から手配していた葬儀社と連絡をとり、遺体の搬送手順や葬儀準備についても事前に確認をとった。公的機関に届け出なければならない項目もリスト化した。海外や県外にいる親族とも面会し、しっかり意識のある状態で機嫌よく会話した父は、ターミナルケアに入って約20日というところで旅立った。本人にとっても周囲にとっても、よいかたちで迎えられた終末だったと思う。お世話になっていた施設のスタッフや医師には感謝しかない。

otona_rinoko

50代からの美しい生き方を試行錯誤している美術系兼業主婦です。
20~40代は子育てに「時間をあげる」と割り切り家庭優先の生活を送ってきました。ですから、高学歴ながらさほどのキャリアを積まないままこの年齢になりました。2人の息子が社会人になり、これからの時間は自分のものです。この年齢の私だからこその話題を、健康、趣味、インテリア、人間関係、終活、お金などをテーマに綴ります。
「いつもあなたのおとなりに」大人の心を語ります。

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